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【NewDays】日々新しいことに挑戦し刺激的な日々を送ることができた大学生のためのブログ

このブログを通して何かきっかけになればと思います。今はそこでもっと大学生活に刺激が欲しくて、挑戦して成長したくて、スキルや実力が得るために日々動いてます。自分の人生を自分で選択できるようにビジネスを始めました。新しいことに挑戦したい人にきっかけを提供をしていきます。人との繋がりと成長がモットーです。

タモリさんの成功へのスタートは、ホテルの半開きのドア。

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こんにちは、かわむらです。


今回は
ネット上で見つけた面白い記事があったので
シェアをしていきたいと思います。


こちらから▼

==================


早稲田大学を中退したタモリさんは、
故郷の九州に帰り、
いろんな仕事を転々とていたそうです。


保険外交員を3年務め、
ボーリング場の支配人に。


ボーリングのブームが去った後は、
喫茶店の支配人に、その後はガードマン、
絵画のヌードモデル、さらにはヘビ使い、
ヒモみたいなこともやってたそうです。


明らかに変な人だったし、
社会人的には落ちこぼれに属する人でした。



30歳になる頃には、
さすがにこれでいいのだろうかと、
自問自答することもあったそうです。


タモリ」という
ダイヤモンドの原石が発掘されたのは、
ほんの少しのきっかけに過ぎませんでした。



ある日、タモリさんは
知り合いとホテルで飲んで、
廊下を歩いて帰るところでした。



ある部屋から
賑やかな音が聞こえてきました。


「何だろう?」


鍵がかかってなかったので、
タモリさん思わず扉を開けてのぞきました。



このときダイヤモンドは
輝きだそうとしています。



そこはドンチャン騒ぎの真っ最中。


ゴミ箱をかぶって虚無僧に扮した人が、
歌舞伎の真似ごとなどをしていました。


それを見たタモリさんは、
ハッとしました。


「俺の感覚と同じじゃないか。
 これは俺を呼んでいる!」


虚無僧の真似をしてる人の頭から
ゴミ箱をとり上げ、
自分も一緒に踊り始めたのです。



突然乱入したタモリさんを、
ひとりが冗談のインチキ中国語でなじりました。



そうすると、タモリさんは、
それより数段うまいインチキ中国で返答。


そこの一同と一瞬にして意気投合したそうです。



その一同とは、ジャズピアニストの
山下洋輔さんとそのメンバーだったのです。


その夜は、山下さんとタモリさん、
名前を名乗っただけで別れたのですが、


山下さんたちは、どうしても
あの日のタモリさんのことが忘れられませんでした。


それほど、
そのときのダイヤモンドの原石は
衝撃的で魅力的だったのでしょう・・・。


そこから、
多くの人を巻き込む
タモリ探しが始まります。

 


「面白いヤツが博多にいる!
 あいつにもう一度会いたい」

 


その場に居合わせた人たちは
「森田」探しをすることになります。


手掛かりは、

「博多にいるジャズ好きの森田
 という苗字の男性」

これだけです。


博多で最も有名なジャズ喫茶にたずねたところ、
常連に同じ名前の人がひとりいる。


それが、なんとタモリさんでした。


幻の素人芸人だった
タモリこと森田一義は、
山下さんたちを中心とした


「伝説の九州の男・森田を呼ぶ会」の


カンパによって上京を果たことになります。


早稲田大学を抹籍になって
都落ち”を味わって以来、
実に7年ぶりのことでした。



そして最初に住んだのは、
仲間の2DKの都営住宅に「居候」。


「でも1週間くらいしかいなかった。
 というのは僕の母が電話をかけてきて、
 たまたま彼が取っちゃった。

 ウチの母親は潔癖症なもので、
 見知らぬ男がいることを許さなかったんだ」


その後のタモリは知人の家を転々とし、


やがて、
師と仰いだ赤塚不二夫宅に
「破格の待遇」で居候生活。



住居は4LDKの高級マンション、
ベンツは乗り放題で、

さらに赤塚から
月20万円の小遣いまで支給されます。



こうして得た居候生活の極意とは
「卑屈になるな」だったそうです。


ちなみに、赤塚先生は、
タモリさんには豪華マンションを提供しながら、

ご自身は、事務所のロッカーを
横倒しにして寝てたそうです。


タモリさんはこう言ってます。


「そのことに気づいた時には、
 グッとこみ上げるものがあったんだけど、
 
 ここでグッときたら居候道に
 反すると思ってこらえましたね。」


ところでこの話、
人生にはひょんなことから、

扉が開かれることを
示唆しているように思えます。


後になって振り返ると、
ああ、あそこが自分の人生の扉だったのか、

と言えるような出来事が
どなたにもあろうかと思います。



そんな扉って、
本当にそれが扉であることに、
気付きにくいような入り口になっているようです。



タモリさんの話です。


『俺の人生の扉、ドアは、あのホテルのドアだった。
 あれを開けると開けないでは、人生が変わっていた』

 

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ダイヤモンドが
輝きだす瞬間だったのでしょう。



その後、そのダイヤモンドは
日本のお昼のひとときに
笑いという光を照らし続けることとなります。


人生の転機
ってどこで訪れるかわかりません。


チャンスの神様には
前髪しかないという有名な話があるように、


その転機がチャンスであろうとなかろうと
何事にも積極的に行動することが
チャンスをつかむ第一歩なのかもしれません。



==================

ここまで▲



僕自身もこの話を聞いて
自分自身の人生を振り返りました。



大学に行きながらも
もっと自分自身にあった
生き方を探していました。


「やりたいことを形にしたい」

「自分自身ができることを
 たくさんの人に共有したい」

「人よりもいろんなものを見たい
 いい食べ物を食べたい
 たくさん親孝行をしたい」


そんな思いは常にありました。


そんな中で
野球サークルあるサークルの代表が
自分でビジネスを立ち上げているのを見たときに


別に大学生でもスキルがなくても
自分自身何もなくても挑戦を
できることを強く感じました。


それからイベントビジネスや
販売代理店の仕事を始めるものの

 

うまくいかなく、一人できる限界をしり
うまくいっている人から学ぶことを決意。



しかし、出会う人に騙され、
20万円の借金を背負うことになり
その返済のために、

2013年はずっとコンビニで
夜勤を週4で働いていました。


そして、そんな中たまたま友達に誘われた
イベントに参加をしていた人が
インターネットを使ってビジネスをして
圧倒的な成果を上げていることを知り


本格的にビジネスを教えてもらうことを決め、学び実践をして
ここまで3年間、成果を出してきました。


僕は今でも思います。


「あの時に、
 イベントに行くのを断っていたら、、、」

「自分自身で最後ビジネスをすると
 決めて実践をしていなかったら、、、」


今の自分はいないんだなと。



本当に日常の中の小さなきっかけで
人生を変わる出会いが生まれますし、


その小さなきっかけから行動に移すことで
たくさんの経験、出会いが生まれ
自分自身の収入、スキル、情報が変わりました。



もし、
このブログを読んでいるあなたが

・少しでも今の生活から変わりたい

・自分らしく生きていきたい

・独立をしていきたい

・副業で短時間で5万円の副収入がほしい

・たくさん親孝行をしたい


と思っているなら、
ぜひビジネスというものに正確な情報をしり
行動に移していってほしいと思います。


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最後までありがとうございました。


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